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ゑんま堂

日本最大の閻魔大王座像 (全高3.5m 全幅4.5m 重量1.5t 寄木造り)

平成元年 現在のゑんま座像を建立

 19のご祈願に対しお賽銭を投入すると、仏様より様々な説法を聞くことが出来るシステムを日本で初めて採用したゑんま像。おゑんま様の除けと封じの御利益は特別なものとして有名で、江戸三えんまの一つとして庶民の信頼を集めています。

おゑんま様の縁日 - 毎月 1日・16日

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地獄極楽絵

 本堂一階に展示されている全16枚の地獄・極楽図は、天明四年(1784年)に江戸の宋庵という絵師によって描かれた作です。この絵は、悪事を重ねることの恐ろしさ、善い行いを積むことの必要性、御仏の慈愛、命の尊さを説いています。 冥途(死者の霊魂がいく世界)では、死後の人々は閻魔大王を中心に十人の王によって裁きを受けます。十王の本来の姿は菩薩ですが、裁判中は柔和な姿を隠して憤怒の身を現し、初七日から七十七日、一周忌、三周忌に至るまで、次々に亡者を受け取りその罪業を考査し未来に生まれるところを定めます。 御仏の教えの根本理念は、因果応報にあります。悪行を積めば悪い結果に、善行はよい結果になるように、人間は生きている時の行いが全ての原因になるということなのです。

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曽我五郎の足跡石

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 曽我五郎は、日本三大仇討ちの一つである曾我兄弟の仇討ち(そがきょうだいのあだうち)で、兄 曾我十郎と共に父親の敵である工藤祐経を討ったことで知られています。また、歌舞伎「曽我物語」の主人公として、庶民の支持を受けています。足跡石は、歌舞伎に縁深い当山に移されたもので、若くして一生を父の仇に終始した曽我兄弟の五郎が老母を背負い、工藤祐経の菩提と老母父の仇の報告をした帰りに残されたものと言い伝えられています。

初代豊田鳳憬の墓

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 寛永4年(1851年)没 尺八琴古流宗家の豊田鳳憬は、傑出した虚無僧の高徳と尺八の伝統技能を大成した中興の人であり、当山はその累代菩提所として歌舞伎音曲に縁の深い事でも知られています。

初代市川八百蔵の墓

 市川八百蔵(いちかわ やおぞう)は、松島吉三郎と名乗り大阪で子役として初舞台にたち、江戸に移り子役として中村座に共演し、「子役の名人」と賞された江戸中期の歌舞伎役者です。二世団十郎の門史跡に入り、寛延2年(1749年)に市川八百蔵と改名し、長じてその男振りの良さから荒事を最も得意とし和事、実事を得意とした役者でした。当たり役 五郎時致 暫 草摺引 など